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国立米子工業高等専門学校建築学科 玉井研究室

プロフィール

ブログ名
国立米子工業高等専門学校建築学科 玉井研究室
ブログ紹介
米子工業高等専門学校 建築学科
教授 玉井 孝幸 
1967年生まれ

【1】経歴
1988年 有明工業高等専門学校 建築学科卒業
1988年 株式会社新井組 入社
2001年 株式会社クォリティー 入社 技術部部長
2002年   工学院大学大学院修士課程 建築学専攻 入学
2003年 有限会社建築調査技術コンサルタンツ 設立 代表取締役 就任
2004年   工学院大学大学院修士課程 修了
2004年   工学院大学大学院博士後期課程 入学
2007年   工学院大学大学院博士後期課程 修了
2008年 有限会社建築調査技術コンサルタンツ 代表取締役 辞任
2008年 米子工業高等専門学校 建築学科 准教授
2011年 同校             同学科  教授

【2】担当科目
本科
1年生 建築入門
2年生 建築構造U
3年生 なし
4年生 建築材料 ゼミ
5年生 建築生産 創造実験・演習 基礎構造 設計製図 卒業研究
専攻科
1年生 特別研究 建築構造材料実験 建築材料特論 社会技術論
2年生 特別研究 建築生産特論

【3】校務
地域共同テクノセンター長補 2008〜9年
建築学科4年生担任      2010年
キャリヤ支援室長        2011〜12年
建築学科長           2013年〜

【4】主な研究テーマ
コンクリートの耐久性
文化財(近代)の調査
海外における建設指導

【5】資格など
博士(工学)
一級建築士 一級建築施工管理技士
コンクリート主任技士 コンクリート診断士

【6】所属学会
 日本建築学会  土木学会  日本コンクリート工学協会
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地震から1年

2012/03/11 12:06
東日本大震災から1年になりました。

TVなどでも多くの特集をしていますが、今回の地震では、建築構造としてはある一定のレベルまで到達したのかなと思いました。そして次のステージへ進めないといけないと感じました。

それは地震で倒壊した建物は少なく、その後の津波で建物が流される、避難場所とならない等であったと思います。

津波に強い街づくりと構造を考えていかないといけない。

つなみのエネルギーは大きい。
本当に現実的なのか。
考えるところはいろいろあります。

今後も、技術者として進んでいきます。
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全国高専デザコン2011 in 北海道

2011/11/13 19:50
昨日から今日まで、北海道釧路市で第8回全国高専デザインコンペティションが行われていました。
今年は、昨年、新居浜高専に優勝された、構造部門で優勝することができました。
それも、1、2フィニッシュでした。

また、空間部門と環境部門で、それぞれ審査員特別賞を獲得しました。

しかし、明石高専に、空間部門と環境部門で最優秀、ものづくり部門で優秀賞を取られ、
2年前の米子くらい、今、のりにのっている感じがします。

また、呉高専も、じわじわ来ている感じがします。

どの高専も頑張っているな〜と感じています。

来年は、関東、栃木県小山市で、小山高専が主幹校で開催されます。

頑張ってくれた学生諸君、ありがとう。
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ウラジオストク その後 #6

2011/10/17 20:42
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今回は、インドの時と違い、日本からほとんどの資材や道具を持って行きました。
しかし、持ってきたドリルの径よりも大きな穴をあけたくて、結局買いに行ってしまいました。
ウラジオストクの貸家は、借主がすべてリフォームをするのが普通らしく、週末になると、多くの人で建材店は賑わいうようです。
ウラジオストクではコーナンやいない(これは山陰に住んでいる人だけが知っている店か?)のような、店はありません。写真のような個人商店の集まりのような店がはいっている建物があり、そこに、専門店が入っているようです。
ガイドも「ここにくればあるけど、どこに目的の店があるかはわからない」と言っていました。
これはこれで、専門性が高く、良いかもしれません。
しかし、駐車場はいっぱいで、ついでに、子供が遊べるような施設もありました。
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ウラジオストク その後 #5

2011/10/05 09:54
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この教会は、Mother Mary's Parish Cathedral というカトリック系の教会です。
レンガ造に木製アーチが内部に見えきれいな教会でした。
極東工科大学の建築学科に入ると設計製図の時間に、この教会の実測・図面化を行うそうです。
うちの学生は出来るかな?
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ウラジオストク その後 #4

2011/09/29 17:40
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ウラジオストクにはこんな交差点もある。
ラウンドアバウトといい、信号がない、交差点みたいなものである。
さらに、へ〜と思ったのは、この中心部に、公園のようなものを作ったこと。
トンネルのようなものを抜けると、中心部に入れます。
上から見ているときは、良いかも!と思っていました。
しかし、行ってみると・・・
やっぱり、そこは交差点のど真ん中
空気は良くない
うるさい
う〜ん。
微妙〜

前に、インドに行った時も、今回のウラジオストクでも同じ質問をした。
信号をつけないの?
同じ答えが。
信号があると渋滞する。

それはそうだと思うけど、日本人の感覚で、大きな道路頑張って横断するのはどうですか?
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


おっと

2011/09/29 17:27
研究室の前には、回覧物などを入れるボックスがあるのですが、しばらく、いろんなものが入っている状態でみていなかった。
先ほど、見ると、何やら「東京ばな奈」が、1個、入っているではないか。
袋を見ると裏に、名前が・・・。
3月に卒業した女子学生の名前が!。
ありがとうね。
Kさん、Tさん。
頑張っているかな。
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ウラジオストク その後 #3

2011/09/28 11:06
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この写真、違和感ありませんか?
左は実際に使用されていた潜水艦が展示されていて、道を挟んで5つ星のホテル、道の奥には斜張橋の橋脚、写真の反対側には、歴史的な街並み・・・。
景観って何だろうか。
ウラジオストクの町並みは、非常に古く、いい感じである。
しかし、部分部分に新しいマーケット・百貨店などが進出している。
APEC開催後に、街の中にある、旧極東総合大学、旧極東工科大学、旧極東経済大学、旧極東商業大学の4つの大学(この4大学が集まり、極東連邦大学として編成された)がルスキー島に移動する。
街の中心部に大学があり、行ってもいれば学都といってもよい町であったと思う。
その大学生がいなくなると、ウラジオストクの街はどう変わっていくのだろうか。
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ウラジオストク その後 #2

2011/09/27 17:09
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ウラジオストクで来年、APECが行われます。
そのため、空港から町までの道路や、街の中の公園などの工事が大々的に行われています。

この写真は、5つ星ホテルの建設中のものです。

地震がないからか、多くのRC系のビルでは、フラットスラブ構法で、大梁があまりなく、耐震壁となる壁も少ないようです。
しかし、風は吹くので壁や梁はある程度必要ではないかと思いますが・・・。

この写真も、外へのレンガ部分はデザイン的に付けられています。
それも無足場構法です。

このような建設工事が町に多くあるので、元気な街だな〜と感じます。
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ウラジオストク その後 #1

2011/09/26 16:32
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今日から通常勤務です。

まだ、アップしていなかったので、9/12にウラジオストク港に到着する直前の港です。
天気も良く、非常に良い日でした。
正面に見えるウラジオストク港は、海のターミナルと呼ばれている建物で、1階部分が出入国関連が入り、列車の駅と同じレベルにある部分には、お土産屋なども入っています。
この部分に鳥取県ウラジオストクビジネスサポートセンターが入っています。

気分は、やるぞ〜!
でも、通関が終わっているかな???と不安も抱えながらの上陸でした。

着いてすぐに、鳥取県ウラジオストクビジネスサポートセンターへ行くと、
「まだです。」
状況は?
「わかりません。」
・・・

とぼとぼとホテルへ。

しかし、ホテルに行くにも、マイクロバスをイメージしていたものの、来たのは中古の日本車2台。
で、膨大な荷物を積むと、人が乗れない。

迎えに来てくれた、極東連邦大学のアレクセイさんが、「歩いたほうが早いよ」。
そ、そうか・・・。
歩くか。

で、ホテルまではずっと上り坂・・・。
息がきれそうな中、到着。

なるほど、車とほぼ変わらず、港で積んだ車はまだ到着していない。

街じゅうすごい、渋滞だ。

それでも、今日はロシアでの初日の夜なので、全員で夕食です。

次回は、その夕食のこと。
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ウラジオストク #12

2011/09/23 22:01
帰ってきました。

無事に?

韓国の東海で一時、韓国に入国し、E-Martで買い物、すぐに出国。
韓国を出て直ぐ、船はえらく揺れました。
若干、ジェットコースター気分。
僕は、なんとかベットにへばりつき、良いはしませんでしたが。

行き(3階)と違い、1階の部屋だったのが良かったのかもしれません。
学生が見てきた様子によると、3階ではトイレに駆け込む、いっぱいで通路で・・・、など大変だったとのこと。

とにもかくにも、無事が何よりでした。

日本では21日に日本海新聞に20日にあった除幕式の状況が載ったようで、帰ってきてみました。

本当は、船から取った、美保関灯台と大山の写真をのせたかったのですが、原因不明でのせられませんでした。
またの機会に更新します。
画像

載せました!(9/26)

ロシア出発からの事件
・荷物をいつ預ける?
境港では、チェックインカウンターの脇で、預ける荷物の計量、シール張りなどが行われましたので、当然!、ウラジオストク港でも行われるものと思っていました。
しかし、シールを張り人はいるけど、通訳いわく、これは一時預かりのシールで、結局は自分で荷物は運ばなければならないと説明あり。
え〜ということになり、日本語学科のアレクセイに別に聞いてもらうと、船の間際で計量と預かりがあるとのこと。
そうか、そうか。ということで、船の前まで・・・。

ない!

船室に持って行けとの話。

行きの船室の大きさでは、バックスすら置くスペースはなく、工具類と脚立などはおくことはできないと、言っていると、フィリピン系のポーターが「置くところならあるよ!」と言うではないか。
では、すべて、持って(ポーターさんが頑張りました)上がり、その場所へ。
そこは、ふつうは貨物や車が入る場所で、セキュリティーは、?????って感じ。
船会社は、カメラがあるからOK!
まあ、ということで、納得する。

韓国を降りるとき、数を確認!
あるぞ。

船に帰ってきて、荷物を確認に行くと、

ない!!!!
まったくない!!!!

で、船会社の人へ、「おい!ないぞ!」
すると、「見てくれ」と
荷物の隣にあった、車の荷台へすべて入っており、セキュリティーは向上していた。
だったら、最初からとも思いながら安堵。

で、日本に到着したのち、
学生のO君が、「荷物がありません!」
おい、今頃気がついたのか・・・。
そのタイミングで本当になかったら、荷物は韓国だぞ〜〜〜。

結局ですが、
日本からは荷物を預かるシステムがあるが、ロシアからの便では預かるシステムがないというのが正解。
しかし、まがりなりにも、国際便で、みんな大きな荷物を抱えているのに、預かるシステムがないのはどうかと。
しかし、荷物の計量システムがないので、どれだけ重いものでも持っていけることに。

また、行きも帰りも2等であるにもかかわらず、部屋の広さが無茶苦茶違うのもどうかと。
そうはいっても、ベッドでへばりついて、船酔いと格闘しているのだから一緒か?

まあ、どうしても、システムは破たんしているような気がします。



帰ってきたので、これからは、名場面珍場面かな?
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ウラジオストク #11

2011/09/20 19:03
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写真は、除幕式直前の状態です。
スピーカーとマイクはわかりますが、旗?家紋は?なに?
そして、始まるまで音楽が流れていたんですが、日本の童謡までは理解できる。
しかし、どさくさに交じって、韓国やインド風なものなど、わからないだろう風に混ぜてくる。
なかなか、笑えるし、海外からみた日本ってこんななんだな〜と改めて思いました。

除幕式は非常に盛大で、出席者がすごかった。
・ウラジオストク市役所の観光課長
・極東連邦大学の国際担当 2名
・在ウラジオストク日本国総領事
・在ウラジオストクベトナム総領事
・在ウラジオストク中国総領事(遅れて)
・在ウラジオストクインド総領事(遅れて)
・ウラジオストク日本センター長
・センコンロシア社長(遅れて)
そして、米子高専玉井+学生全員でした。

私もスピーチをしました。
当然、日本語で。

式典中、極東連邦大学のアレクセイが逐次通訳をしてくれました。

式典終了後、学食会場で、今回コーディネーターをしてくれたオリガさんからねぎらいの立食パーティーがありました。
全員、記念品をいただきました。

また、オリガさんからW君のおじいさんに、北朝鮮でとれる石(宝石みたいなもの)をいただきました。

手伝ってくれたロシア人学生とも別れの挨拶をして、大学を後にしました。

夕食は、ロシアでの最後の夜なので、全員で食事をしました。
なかなか、おいしく、今回のロシアでの活動では、食事が合わない心配がなく、ずいぶん楽でした。
また、思ったよりも、治安が良く、安心でした。


今日の事件
O君に頼んだ式典中の写真が、いいものがない・・・。事件だは。


学生らの健康状態
全員問題はありません。


明日は、午前中にチェックアウトして、船の搭乗手続きです。
台風の影響がなければよいのですが。

あと、今日の記事は、明日以降、日本海新聞と山陰中央新報に共同通信社から発信されるようです。

明日の更新はありません。
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ウラジオストク #10

2011/09/19 19:07
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今日は、ウラジオストク市内にある日本人墓地に行ってきました。

市内は渋滞で、結構時間がかかりました。

日本人墓地は、海の墓地と言われるロシア人も埋葬されている場所の一角にありました。

すでに、遺骨収集作業が終わっているので、石碑のみでした。
通訳によると、足の骨の長さなど、日本人のものかわからないものもあり、すべてが日本人の骨ではなかったようです。

ウラジオストク市周辺の各所に日本人墓地があったようですが、遺骨収集が終わると何もなくなり、現在では石碑が残っている場所も少ないようです。

一昨日、日本人の旅行客が石仏を訪ねてきました。
彼は、四国を出て、東北、北海道とバイクで移動し、サハリンからロシアへ渡り、ウラジオストクへ来たそうです。
それもバイクで。
すごい!
彼が持っていた「地球の歩き方」には、僕らが泊まっているホテルウラジオストックも日本人抑留者が建設に従事したと書いてありました。

なにか縁を感じました。


今日の事件
何もありません


学生らの健康状態
全員、良いようです。


学生らは、今日もお昼に極東連邦大学の学生らとパーティーだったようです。
なんだ、かんだといって、国際交流しています。
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ウラジオストク #9

2011/09/18 21:03
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今日は、屋根工事でした。

そして、完成しました。

日本でのシュミレーションが効果があり、4日間かかったのが、3日で終わりました。
建設中は、大きなけがもなく、よかった。
少し、心残りな箇所もありますが、まあ、出来上がった。

色も、以外とマッチしていてよかった。
日本での色だと暗い感じになったかもしれません。
石仏が栄える色でした。

今日の更新が遅いのは、夕食を極東連邦大学の学生らとしたからです。
建設作業を手伝ってくれた人、今日の食事会に参加してくれたロシア人学生、スパスィーパ(ありがとう)。

私の隣が、石仏の移設や、屋根の建設に尽力してくれた「オリガ」さんです。
昨日と今日は紅茶の差し入れもいただきました。
お世話になりました。

明日は、全員、自由行動です。

私は、市内から近い、もうひとつの日本人墓地と、極東連邦大学が移動するルスキー島が見えるところまで行ってきます。

20日の13:00からは、除幕式があり、全員出席します。
私もスピーチをする予定にしています。


今日の事件
K君とW君のトイレは無事に直りました。
その他、今日は何事もない一日でした。

学生らの健康状態
S君は朝、風邪っぽいということで作業はお休みしましたが、夕食は一緒に食べるように回復していました。
K君の風邪っぽい症状も大丈夫なようです。
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ウラジオストク #8

2011/09/17 19:48
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今日は、午前中は風が強かったのですが、午後には風はやんでしまいました。
しかし、気温は上がらず、寒い一日でした。

今日は野地板張り、破風の取り付けを行い、無事に木造工事を終えました。
しかし、予定していた屋根のルーフィング張りまでは行くことができませんでした。

それは、ほぞがなかなか入らなかったのと同じで、野地板が伸びていて、最終の部分で8mmくらい伸びているためでした。
最終の野地板の長さは3.4mあり、かつ、上部の入れると4枚あります。
結構長さです。
しかし、電動丸ノコを持って来ていなかったため、大変です。
ベトナム人会へお願いするものの、夕方になるとのことで、全員で交代で、昼休みを別々に取りながら、手ノコで切りました。
それも、通訳と僕を含めて・・・。
2時間くらいかかって、切りきりました。

しかし、

ノコを使うのが学生は下手で、押す時にノコを曲げて、折ってしまいました。
最初は、T君がひびを入れ、最終的には通訳が引導を渡し、
もう一本のノコもW君がひびを入れてしまいました。

そのひび入ったノコで、以降のノコ仕事行うことに。

まず、野地板(幅250mmくらい)が長かった部分を4枚切断、
破風の召し合わせ部分と登り残のカット、
登り残の最終端末のカットと。
今日の僕は、ノコ作業日となりました。

もう、腕がパンパンです。

教員になって、ここまですることがあるとは・・・。

野地板を張り終わる前に、各自のサイン、
手伝ってくれたロシア学生2名(アル君、アレキサンドラさん)のサイン、
その他に、W君のおじいさんのお兄さんの写真などを屋根の中に納めました。
W君のおじいさんのお兄さんは、シベリヤ抑留され、その後、北朝鮮に移送されたのち、北朝鮮の地で亡くなられたそうです。
そのため、墓参や遺骨収集などができず、現在に至っているそうです。
偶然にもW君がウラジオストクの地ではありますが、シベリヤ抑留死亡者の鎮魂のために、寄贈された石仏の上に屋根をかけることになったので、ここに写真などを納めることにしました。

明日も、9:30から作業を行います。


今日の事件
K君とW君の部屋のトイレが詰まったようです。
ロシアでは一般的に配管が細いため、トイレットペーパーを流さないのことが多いのですが、私は、少しずつ流していました。
たぶん、日本のように、丸めて多くを流したのではないかと・・・。
自分たちで解決するように言いました、どうなったか・・・。
結果は明日です。


学生らの健康状態
体調を崩していたK君はなんとか持ち直したようです。
Yさんがインパクトライバーを用いた作業中に、手を怪我しました。
幸い、血が出た程度で、絆創膏を張った程度でした。
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ウラジオストク #7

2011/09/16 19:21
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昨日は雨の中での作業でしたが、今日は強風の中での作業でした。
午前中は、少し雨も交じっていましたが、午後には上がったものの、気温は上がらず、寒い一日でした。

しかし、今日から工事本番ということもあり、手際良く行いました。
また、ロシアの学生も手伝いに来てくれました。

昨日モルタルを打設した部分を補修して、鉄骨を据えたのち、柱を立て、梁をのせたのですが、
木が水分を吸った関係か、ほぞがなかなか入らず、柱と梁の接合部に隙間ができてしまいました。
最後までかけやを使い入れてみましたがダメでした。残念。

その後も、ほぞの部分がきつく、手間がかかりましたが、18:30までかかり、写真のように垂木まで施工することができました。
明日は、野地板を張り、金属屋根の周辺部の役物の取り付けと、ルーフィング敷きまでできればよいと思っています。

明日は、4年生の3名の男子学生は休養日です。
ちなみに、4年生の女子学生は、あさって休養日予定です。
5年生は全員 出勤です。


今日の事件
今日の朝は、現地(大学)集合としましたが、遅刻(2分)が、S君、O君の2名。
朝礼の前に、腕立て伏せ10回でした。
その他は、順調でしたが、大きな事件がというか事故ですね。
大工さんが加工を忘れている部分があった。
穴のレベル間違いが1か所
最大は、棟木を支える束柱のほぞを切り忘れていました。
すでに、柱の上に座っていたので、その上に座っての加工となり、大変でした。←この作業は玉井が行いました。


学生の健康状態
K君が少し寒気があるとのこと。
昨晩、窓を開けて薄着で寝たらしい。明日は休養日となっているで回復を期待します。
Yさんはおなかの調子が今一つとのこと。しかし、作業は元気に行っています。
その他、問題なしです。
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ウラジオストク #6

2011/09/15 18:08
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今日のウラジオストクは小雨がほぼ終日降る天気でした。

全員、カッパ着用での作業でした。

今日から作業開始とあり、全員、朝は遅れずロビーに集合、徒歩で30分で極東連邦大学へ到着。
僕にとっては、ダイエットのような気もしますが・・・。

足場が、少し組んでありましたが、学生らと組み換えをしました。

同時に、在ロシアベトナム人の労働者の協力を得て、基礎部分のタイルのカット、アンカーボルトの穴あけを行いました。

待ちに待った建設資材は、15:30頃到着!
その後、基礎の鉄骨の据え付けのためのモルタル打設を行い、明日の朝にはモルタルが硬化しているので、固定して、いよいよ木造工事が始まります。

建設資材が到着して後、お願いしていた会社の社長と、日本センターの所長が表敬訪問していただきました。
いや〜。本当に届いて良かった・・・。

明日も、すっきりした天気ではないようですが、学生らの士気は高いようです。


今日の事件
明日から、日本語学科の学生が合流することと、作業に没頭するので通訳が要らなくなりましたが、
通訳を手配しているところキャンセル効かないとひと悶着。
今回の通訳は、今一つ。
なんとかせねば


その他、今日は大きな事件はありませんでしたが、M君が20歳の誕生日を迎えました。
おめでとう
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ウラジオストク #5

2011/09/14 20:12
現地時間 21:40頃

ついに

待望の

連絡が!


ついに、やっと、通関しました。

明日、保税倉庫から大学へ移動するための段取りを行います。

これであれば、問題なければ、完成へこぎつけることができると思います。

安心するのは、明日の資材を確認してからですが、なんとかプロジェクトが進みます。

やっぱり、仏様のお陰です。
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ウラジオストク #4

2011/09/14 16:00
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未だ税関を通過していないので、予定を繰り上げ、観光しました。

まず、日本人墓地へ行くため、ウラジオストクから空港方面へ、1時間強移動しました。
そこに、昨年11月に、日本政府が建立した抑留者の石碑がありました。

昔は石炭を採掘していたところのようです。
この場所に埋葬されていた方々の遺骨はすでに収集されたと通訳は行っていました。
非常に閑散としていて、さびしい場所でした。

日本政府の石碑の隣には、茨城県の方々が建立した石碑もありました。

墓参の後、市内へ移動し、観光をしました。
写真は、シベリヤ鉄道の終着(この通訳も始発ではなく執着と言っていた)駅のプラットホームで通訳の説明を受けているところです。
日本と違い、入場券は要りませんでした。

観光の最後に、昼食を全員で食べました。
おしかった。
チキンのカツレツというから、なんだ〜と思っていたけど、パン粉はなく、ソテーされている感じでおいしかった。

その後、自由行動ということで、解散。
学生らは通訳に、行きたいところを聞いていました。


今日の事件
朝、昨日も遅れて、今日も遅れたので、ホテルのロビーで全員に怒りました。
なんで、時間通りにこれんのか!
しかし、言い訳も面白い。
M君は「Y君がすでに降りたのを知らなかった」→お前たちの部屋はどこまで広いのか!
T君は「鍵を探していた」→昨日なくした事例があっただろうが、どんな管理しているのか!
まあ、たわいもないことなんですが、学生気分満点・・・。


通関の件
通関業務をお願いしていた会社から、「今日通関できるはず」との回答を午後いただきました。
しかし、現地時間18:00になっても連絡はない。
会社によると、19時や20時になることもあるとのこと。
明日は、荷物が出せそうな感じになりました。
本当にでてくることを祈って。
石仏の上の屋根だけに、仏様だのみです。
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ウラジオストク #3

2011/09/13 18:48
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本日は、極東連邦大学へ行き、国際部関係者と面会しました。

今回は、東洋学院(日本語を教えている)と、建築学科の関係者も来ていました。

面会後は、東洋学院の学生と会い、学生らと少し話をしました。
午前中は、道具を大学内に運び込み、準備を進めました。

しかし、
今日も、通関せず・・・。
お願いしている会社からも、書類だけが進まないと、連絡が来ました。

スケジュールを変更して、明日は、当初最終日あたりに計画していた、観光をすることにしました。

また、今日は16:00に建築学科の学生らと合流して、ウラジオストク市内の建物見学をしました。

建築学科の先生の解説と、東洋学院の先生の通訳で、非常に良かった。
写真は、その一場面です。


今日の事件

Y君+M君が、ホテルの部屋の鍵をなくすという出来事が朝から発生!
朝食中に報告を受け、呆れてしまった。

ここが、日本ではないという自覚がない!

自分らで処理させ、鍵の交換となる。
ホテル側は、良くあるのか、あっという間の交換であった。

当然、支払いはありました。

日本人が多いと、いかんな〜。


明日は通関しますように。
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ウラジオストク #2

2011/09/12 20:47
現地時間 22:40頃です。
日本との時差は2時間あります。

船の旅は、韓国を出港して直ぐは大きく揺れ、私も少し酔ったような気がしながら、小さなベットの中で固まっていました。
明け方には、波はなくなり、穏やかな船旅でした。

予定より少し遅れて、ウラジオストク港に到着。

さあ、下船か、と思ったのですが、
なかなか・・・。

まず、客の荷物を出し、並べてから、数名(10〜20名)ずつ降りてゆきます。
3階にいた僕らは、最後になりました。
結果、15:30くらいに接岸後、でてきたのは、17:00頃になってしまいました。

でてきて直ぐに、ビジネスサポートセンターにより、通関の様子を聞きました。

芳しくない

結局、今日は出てきていない。

明日の午前中にまた検査らしい。

う〜ん・・・

まいった。

明日は、極東連邦大学の関係者との面会です。

さあ、どうなるか!
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