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続いているこの題名 ちょっと気に入ってきた(笑)。このまま、BLOG名自体を変えてもいいか。などと思ったりする。 逆光ですが、2つのコンクリート船が、舳先をつける形で並んでいます。 武智丸の概要について、安浦町が建てた看板(平成4年3月30日付)によるとこうなっています。 (現地表示看板より引用) 船の概要 排水量 2300t 船長 64m 船幅 10m 建造地 兵庫県高砂市 建造年 昭和19年(1944年)5月 国道側が第一武智丸 沖側が第二武智丸 建造までの経緯は、 第二次世界大戦で鋼材不足を補うため、舞鶴海軍工廠、林邦雄海軍技術中佐がコンクリート船を設計、研究の結果、本部にて採択され大阪府土木会社、武智昭次郎氏により高砂市の塩田跡地の造船所にて建造した。県内では、安浦町2隻、音戸町1隻が現存している。 武智丸は昭和19年から20年にかけて4隻建造、3隻就航、瀬戸内海をはじめ南方にも航海したといわれている。 安浦漁港に据え付けの経過、(現地表示看板より引用) 昭和22年当時、安浦漁港には防波堤がなく台風の都度漁船に被害が発生するので、当時の漁業協同組合長、菅田国光氏の大奔走により、武智丸を防波堤として据え付けることに決定し、呉土木事務所の設計により事業費800万円(当時)の巨費が投じられた。 海底をさらって深くし、粗朶沈床の上に置換砂を敷き均しコンクリート船を沈設し周辺に船体安定用の捨石が施されている。昭和47年第5次漁港整備計画で撤去の話もあったが船が強固なため保持し引き続いて防波堤の役目をしている。 となっています。 ここで、最近の記録と少し違うような気がする。 次回は、その記録との相違点について。 |
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