国立米子工業高等専門学校建築学科 玉井研究室

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zoom RSS おやじの修学旅行 #7

<<   作成日時 : 2008/10/01 09:17   >>

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この内部のアーチ部分に竹筋が使用されているのでは、との伝説があります。

設計者であった佐藤武夫氏設立の事務所「佐藤総合計画」のHPに
http://www.axscom.co.jp/stg/portfolio/00000/index.php
に、こう紹介されています。

佐藤武夫のことば
クラシカルな建築の中には今も脈々として生きている建築精神というものがあります。それはいつまで経っても変わるものでもないし、いつまで経っても古くなるものではないのです。創造という美しい言葉に追いまくられていたずらに異常なもの、珍奇なものに食いつくのを、私は自ら押さえたいと思っているんです。全人間的な立場から、古い建築を偏見なしに見たり学んだりしなければならない、というのが私の考えなんです。
(佐藤武夫 火燈窓 相模書房 1969年)

設計コンセプト
物資統制下の戦時中に元岩国藩主吉川家が所蔵していた美術品・郷土資料の保存・展示を目的として計画され、1945年3月に竣工し、1950年に博物館として開館した。6本の列柱による古典主義的なファサードが特徴的な外観は、溶鉱炉のくずを原料とした鉱滓ブロック板を貼ったもので仕上げられている。構造は無筋に近いコンクリート(竹筋という説もある)と煉瓦造で、展示室内部は白色の漆喰で仕上げられた柔らかいアーチ状の太い柱で構成されている。

概要
所在地 山口県岩国市
主用途 資料館
構 造 洋式煉瓦壁木造
規 模 地上2階
延床面積 692m2
竣 工 1945年3月

と、あります。

構造は、れんが壁木造となっています。

無筋に近い?コンクリートって、非常に微妙な表現ですね。
いろいろな、HPやブログで竹筋伝説は紹介されていますが、誰も調査していません。

以前、
「鉱さいタイル(外壁のブロック状のもの)を貼る時に、今のラス金網の代わりに竹を編んで使った。」
と聞いたこともあります。

今回、実際に見に行って、
タイルというには大きなもので、どちらかというと石の湿式張りに似ているのではないかと思います。
とすると、タイルを下地コンクリートに固定するための金物の代わりという推測もあります。
また、型枠の代わりにタイルブロックを使用していたなら、アンカーみたいな脱落防止として入れたのも考えられます。

しかし、やっぱり、内部のアーチに入っていてほしいな〜と思います。

今回、伺った時に、事務所に行ったのですが、事務の方のみで話ができる方がいらっしゃいませんでした。
また、ゆっくり、アポイントを取っていきたいと思います。

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